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エッセイ

「心と美味しさの関係」

●第1回  幸せの在りか

忙しい日が続いていたある日の午後、ひとりで少し遅めのお昼をレストランで食べていた時のこと。優しい光が差し込む窓際の席で、何を考えることもなくお料理を口に運んでいた。すると、「美味しい」と同時に、小さい頃に母と食べた味の記憶が私の中に立ち上がった。フワッっとした幸せな感覚に包み込まれたのである。
 その瞬間、私自身は何の努力をしているわけでもない。
しかし、母と楽しんだ何十年も前の食の味わいが、疲れた私のもとに突然やってきて、“幸せな気持ち”という贈り物を届けてくれたのだ。
 一体この幸せは何なのか?その在りかは何処なのか?
幸せを運んでくる魔法の言葉“美味しい”とはなんだろう。
(中略)
つまり、美味しさとは、舌だけで感じるものではない。目や鼻、耳など、五感から得られる情報との無限の組み合わせで構成されている。そればかりか、人が食事をする時、時空を超えて、感情や記憶まで、多様な要素がお料理と食べる側の間を行き来する。その行き来の中に、人を幸せにしてくれる力が潜んでいる。そこに幸せの在りかがある。
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●第2回  “美味しい”をデザインする

芸術の秋、文化祭にお稽古事の発表会、各種のアートイベントなどが目白押しだ。しばしば「お料理もまた芸術だ」などと言われることがある。東京は、ミシュランの三つ星レストランが世界で一番多い街だ。星が輝くようなレストランで頂く素晴らしいお料理は、まるでお皿をキャンバスに描いた絵画のようだったり、味わいの中にはオーケストラのように幾重もの楽器の音が響き、ハーモニーを奏でていたりする。
 名古屋マリオットアソシアホテルでお会いした當目料理長から「料理はね、まさに温故知新。古典を徹底的に理解し、そこからバラして新たなものをつくる」とお聞きした。古きを知り、一度壊して新しいものを重ねていくという意味でも、表現者と受け手がお互いに反応して感覚的な何かを得るという意味でも、お料理もまた芸術なのだと合点がいった。
(中略)
 デザイナーは、“衣服や器物、建築物などの図案・設計、意匠計画を職業とする人”だ。その仕事において、クライアントまたは自らの意向やメッセージを、視覚的な力を用いて表現し、受け手に伝え、導き、定めた目的の達成を目指す。この本質において、食は芸術であると同時にデザインであるともいえる。食を用いて健康な体をデザインする。幸せな家族団らん、子供が喜んで元気に食べるお弁当をデザインするなど、様々なデザインがある。
さらに言えば、“美味しさ”もデザインだ。
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●第3回 そこにしかないもの

本日限定、ご当地限定、一回限り…人は、限定ものに弱い。
シェフ特性、自家製○○。その場、その時でしか手に入らないもの。舌での味覚だけでなく、その食材やお料理にまつわるうんちくも“美味しい”の構成要素の一つになる。「秘伝のタレで焼いたんですって」「シェフが特別に取り寄せた食材らしいわよ」ということも味わいのうちとしているのだ。
 私たちは唯一無二のもの、一度きりのものに強い刺激をうける。身近なものだとワインや日本酒等はその典型だ。どちらも、限定された時と場所、素材等の中に、贅沢感や楽しみを見つけて味わいとする。
 最近、海外でも人気の日本酒。清酒は500年程前に奈良の正暦寺で誕生したと言われている。当時の正暦寺は千人もの僧侶がいる権威ある寺であり学問所でもあった。
(中略)
そこにしかないそのお酒は、豊臣秀吉が徳川家康との花見の際に振る舞ったとも言われている。時の天下人に愛されたお酒は、中世における最高級ブランドだった。
(中略)
“そこにしかないもの”への憧れは、車や飛行機等の交通手段もなく、移動がままならない昔こそのものではない。むしろ、どこにあっても、何でも便利に手に入る今だからこそ、昔にも増して“そこにしかないもの”の価値や大切さを感じる。
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●第4回 ウキウキの春、レストランをワクワクと楽しむお作法

レストランのエントランスで、ゲストとお店のスタッフが、「美味しかったわ」「ありがとうございます。またのご来店をお待ちしております」と言葉を交わす光景は幸せに満ちている。しかし、もし、最後までこの「美味しかったわ」と言う言葉をあなたがとっておいたとしたら、それはもったいないことだ。
(中略)
「ありがとう」と同じく、「美味しい」もなるべくすぐに言った方がよいのだ。
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